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東京高等裁判所 昭和47年(う)1260号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用はこれを三分しその一を被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人植田八郎の提出にかかる控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

弁護人の控訴趣意第一点について。

所論は、原判決は、被告人は医師でないのに昭和四三年六月一二日ころから同年七月二一日ころまでの間関東断食道場東京支部において、原判示の秋山直子外六名に対し、問診、ミルマグ(下剤)投与などの診療行為をなし、もつて医業を行なつたと認定判示しているが、被告人には右秋山直子外六名に対し問診をした事実はない。そもそも医師法第一七条違反の罪は医師でない者が医行為を行なうことによつて成立するものであるが、医行為とは人の疾病を診察し、よつて治療を施すことをいい、診察を絶対必要条件とするものであるにもかかわらず、被告人は右秋山直子外六名に対し断食道場への入療目的等を尋ね、これによつて入療日数を取りきめたにとどまり、これ以外に被告人が問診をしたと目さるべき事実がないことはもちろん、また右の事実が問診に当らないことは明らかである。したがつて、被告人の所為をもつて医業を行なつたと認定した原判決には事実誤認の違法があるというのである。

よつて按ずるのに、医師法第一七条は、「医師でなければ医業をなしてはならない。」と規定しているが、右にいわゆる医業をなすとは、人の疾病の治療、予防等を目的とし、医学の専門的知識を必要とする診断、薬剤の処方、投与または外科的手術を行なうことを内容とするいわゆる医行為に従事することを業とすることを意味するものと解される(最高裁判所昭和三〇年五月二四日第三小法廷決定、量刑集九巻七号一〇九三頁およびその原審たる大阪高等裁判所昭和二八年五月二一日判決、同刑集一〇九八頁各参照。)。

今これを本件について考えてみるのに、原判決掲記の各証拠によれば、原判示の秋山外六名はいずれも疾病の治療、予防を目的として被告人のもとを訪づれたこと、すなわち秋山直子はアレルギー症状の治療、岡幸枝は左膝関節の痛みと蓄膿症の治療、柳ヒサイはリユウマチの治療、多田栄嗣は十二指腸潰瘍の予防と胃弱の治療、平田潤子は賢臓浮腫の治療、椿千恵子は胃痛の治療、中島正伊は顔のシミの治療と予防を目的として被告人のもとを訪づれたものであることが認められるのみならず、被告人もまた右七名に対しこれら疾病の治療と予防を目的とする断食療法を行なわせる前提として、被告人において、直接に、あるいは当時被告人のもとで原判示の断食道場に勤務していた事務員宮下和子を通じて、断食道場への入療目的、入療当時の症状、病歴等を尋ね、入療日数、補食および断食の日数を指示していた事実が認められるのである。もつとも、原審証人宮下和子の証言および同人の検察官に対する供述調書、原審第一一回公判廷における被告人の供述によれば、補食および断食の日数は入寮日数によつて一律に決せられているのみならず、実際の入寮日数もおおむね入寮者の希望を聴くことが一般的であつたことが認められるとはいえ、被告人において、入寮者の病歴入寮当時の症状等から当該疾病の治療または予防に要する期間を教示して入寮者の判断に資し、それに従つて入寮日数をきめさせていたことがうかがわれるのである。

以上認定の事実関係に徴すれば、被告人が原判示の秋山外六名に対して前示の如く入寮当時の症状、病歴等を尋ねた行為は、当該相手の求めに応じてそれらの者の疾病の治療、予防を目的として、本来医学の専門的知識に基づいて認定するのでなければ生理上危険を生ずるおそれのある断食日数等の判断に資するための診察方法というほかないのであつて、いわゆる問診に当るものといわなければならない。これに加えて、原判決掲記の各証拠によれば、被告人は右秋山外六名に対し生理的影響を及ぼす医薬品である下剤ミルマグを原判示のとおり投与していることも明らかである。したがつて、被告人の右問診、薬剤投与は、前記説示の医行為を業として行なつたものというべきである。

してみれば、原判決が、被告人の行為をもつて、問診、薬剤の投与などの診療行為をなしもつて医業を行つたものと認定判示したことについては、所論のような事実誤認の違法はない。

論旨は理由がない。

同第二点について。

所論は、原判決は、被告人は薬局開設者ないし医薬品販売業の許可を受けたものでなく、かつ法定の除外事由がないのに、業として、原判示の秋山直子外一一名に対し、下剤ミルマグを販売したものであると認定判示しているが、被告人は断食道場への入寮者の便宜のため下剤ミルマグ入手の取次をしたにすぎないものであつて、業として医薬品を販売した事実はないから、原判決には事実誤認の違法がある、というのである。

しかしながら、原判決掲記の証拠を総合すると、被告人は原判示のとおり、法定の資格がないのに、昭和四三年六月一二日ころから同年七月二一日ころまでの間、秋山直子外一一名に対し被告人が直接自己の計算で薬局から購入した医薬品である下剤ミルマグ合計一四瓶を一瓶二〇〇円で有償譲渡した事実を優に認定できるのであつて、これをもつて所論の如く医薬品販売業者とこれら秋山直子外一一名との間の単なる取次行為と解することはできない。けだし、薬事法第二四条第一項にいう「業として医薬品を販売し」とは、反覆継続して医薬品を不特定または多数の者に対してなす意思のもとに有償譲渡することを意味し、右の行為があれば業としての医薬品の販売行為が成立し、その販売回数の多少や営利の目的の有無は右販売行為の成否に関係がないものと解すべきであるからである。したがつて、被告人の右所為は、たとえ被告人が右ミルマグを買入れ価格と同一価格で頒布したものであるとしても、業として医薬品を販売したものというを妨げないし、被告人の右所為をもつて、社会共同生活上許容されるべきものとも認められない。結局、原判決には所論のような事実誤認の違法はない。

論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により、主文第二項掲記のように被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

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